hanna_and_art’s blog

文化史本好きが、「文化史系本のガイド」を目指します。美術、世界史と絡んだ様々な文化史関連本をご紹介します。

フラゴナール 『ベッドで犬と遊ぶ少女(ラ・ジャンブレット)』『読書する娘』『かんぬき』

 
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フラゴナールによる歴史画

フラゴナールは、ロココを代表する巨匠、シャルダンブーシェに師事しました。

雅宴画で有名なシャルル=アンドレ・ヴァン・ロー(または、カルル・ヴァン・ロー)からも影響を受けます。 

 

彼はブーシェに学び、そのおかげで歴史画や神話画に深い理解を得た。ローマ賞をとって留学したイタリアで、ラファエロミケランジェロのすごさに圧倒されて自信を失くしたエピソードなどが残っていて、どことなくシンパシーが湧く。

(『恋する西洋美術史』 P224) 

 

『偶像に犠牲を捧げるジェロボアム』

『偶像に犠牲を捧げるジェロボアム』

『偶像に犠牲を捧げるジェロボアム』 1752年 パリ国立高等美術学校

20歳の時の作品です。ローマ賞を取り、ローマに留学しました。

 

  

『カリロエを救うためにみずからを犠牲にする大祭司コレシュス』

『カリロエを救うためみずからを犠牲にする大司祭コレシュス』

『カリロエを救うためみずからを犠牲にする大司祭コレシュス』 1765年 ルーヴル美術館

…、彼もイタリアに滞在し、帰国後1756年の歴史画《カリロエを救うためにみずからを犠牲にする大祭司コレシュス》でアカデミー会員の資格を得ていた。しかし、その後は公的な歴史画家の道を歩むことなく、パトロンの私邸のための制作に腕を振るう。そのひとつ《ブランコ》は、《カリロエを救うためにみずからを犠牲にする大祭司コレシュス》のわずか2年後の作とは信じがたいほど対照的な特徴を見せている。《カリロエとコレシュス》は古代史に取材した悲劇を描いた大作、《ブランコ》は同時代の紳士淑女の恋の戯れを描いた小品だからである。《ブランコ》に漂うエロティシズムは《ベッドで子犬と戯れる娘》のような作品ではさらに濃厚になっている。

(『西洋絵画の歴史 2 バロックロココの革新』 高階秀爾(監修) 高橋裕子(著) 小学館101ビジュアル新書 P167)

 

一度は歴史画家を志したフラゴナールですが、歴史画家の道を歩むことはありませんでした。

 

 フラゴナールは、1765年に 2世紀のギリシアの歴史家パウサニアスを典拠とする《カリロエを救うために自らを生け贄に捧げるコレシュス》(ルーヴル美術館)によって王立絵画彫刻アカデミーの準会員になり、次に入会資格作品の提出を期待されていたにもかかわらず、それを制作しようとしなかった。これ以降の彼は、ルイ15世の寵姫デュ・バリー夫人のルーヴシエンヌの城のための連作などの例外はあるものの、基本的には個人の愛好家の注文やマーケットのための仕事をすることになる。その多くは小さな寸法のもので、主題も色恋、子供、家族、肖像、風景など、非歴史画なものが中心となってゆく。

(『フランス絵画の「近代」 シャルダンからマネまで』 鈴木杜幾子(著) 講談社選書メチエ64 P39)

 

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非歴史画

フラゴナールは官能的な「あぶな絵」も多く描きましたが、私邸のための風俗画、優れた肖像画や風景画も手掛けました。

 

理想化された農民の家族を描いた風俗画、勢いのある筆致で同時代の著名人の生気溢れる姿を捉えた肖像画、そして緑豊かな風景画がある。扱ったジャンルの多様性や様式の多彩さを優れた画家の特徴とするなら、フラゴナールは師のブーシェを凌ぐ存在だった。

(『西洋絵画の歴史 2 バロックロココの革新』 P168)

 

 

『読書する娘』

『読書する娘』

『読書する娘』 1770年頃ー1772年頃の間 ワシントン、ナショナル・ギャラリー蔵

 

モデルの名は不明だが、その上品なたたずまいと服装により、富裕層の子女であることがうかがえる。下絵段階では、鑑賞者のほうを観るように顔を手前に向けていたことがX線調査によってわかっている。フラゴナールは少女をモデルにさまざまなポーズをとらせた「 figures de fantasia (想像人物画)」と呼ばれる早描きの肖像画シリーズを得意としており、本作品もその1枚と思われる。

(『美少女美術史 人々を惑わせる究極の美』 池上英洋・荒井咲紀(著) ちくま学芸文庫 P168)

 

 

『しるし』

『しるし』

『しるし』 1775年ー1778年の間 ウォレス・コレクション蔵

 

長い髪を束ねたひとりの少女が、手にした刃物で木の幹になにやら刻み付けている。それは大きな「S」の文字で、誰かのイニシャルだろうことが想像される。案の定、木のそばにある台のあしもとに1枚の手紙があることを確認できる。そう、この娘さんは想い人からの手紙を受けとって、溢れる熱い思いを、恋人のイニシャルのかたちで記しているのだ。その様子を興味深そうに眺めている犬の姿が可愛らしい。

 (『美少女美術史 人々を惑わせる究極の美』 池上英洋・荒井咲紀(著) ちくま学芸文庫 P168)

 

 

『ラヴ・レター』

『ラヴ・レター』

『ラヴ・レター』 1770年代 メトロポリタン美術館

 

窓から入ってくる日差しが、女性と手元の手紙、犬に射すよう周りは暗く彩色されているものの、影部に黒ではなく茶色を使うことで画面の印象は明るさをとどめている。本作のように、明るくやわらかな色彩でかつ官能的に人物を描くのが、ロココ時代の典型的な作風でもある。

(『禁断の西洋官能美術史』 別冊宝島 P63)

 

 

『子宝』

『子宝』

『子宝』 1770年代半ば ワシントン、ナショナル・ギャラリー蔵

 

 

フラゴナールが一種の「理想」とした家族像。( Wikipediaでは、タイトルは「 The Happy Family 」となっています。)

 

この絵は当時人気が高かったらしく、真筆とされるヴァ-ジョンだけでも2点あり、また版画化もされている。一点のヴァージョンが1777年にマーケットに出た記録があるので、制作は1770年代中頃であろう。

 長径65センチの楕円形画面の中心を占めるのは、幼児を抱いた母親である。…

 (『フランス絵画の「近代」 シャルダンからマネまで』 鈴木杜幾子(著) 講談社選書メチエ64 P41)

 

 舞台は一見農家の屋内のように見えるが、しさいに見ると不思議な空間である。窓の脇には本来あるべきはずの壁の代わりに立派な石柱が立ち、画面奥の腰壁の向こうにも列柱が見える。右端の把手(とって)付の壺を乗せた石の台も、よく見ると花綱飾りを巡らした古代の祭壇に似ている。つまりこの情景は古代建築の廃墟の一部を利用して造った住居のような場所に展開しているわけで、画家のイタリア旅行の思い出が反映しているのかかなり空想的な舞台設定となっている。(P41)

 

 

『冠を受ける恋人』 (連作『恋の成り行き』) 

『冠を受ける恋人』

『冠を受ける恋人』 1771年-1773年 フリック・コレクション所蔵

 

1771年9月、ルーヴシエンヌ。デュ・バリー夫人の新しい館が完成し、国王も参列して開館記念式が盛大に行われました。このサロンのための装飾パネルがフラゴナールに注文され、彼は4点のパネル画を制作します。

しかし1772年にサロンに飾られたのも束の間、翌年フラゴナールの元に返品されました。

 

フラゴナールの傑作をなぜデュ・バリー夫人は返却したのだろうか。一般には、プティ・トリアノンをモデルにした新古典主義建築であるこの館に、ロココを代表するフラゴナールの作品が似つかわしくなかったためと考えられている。

(『グレート・アーティスト別冊 ロココの魅力』 同朋舎 P35)

  

後にフラゴナールはこの4点にもう1点『棄てられて』を加え、5点の装飾としました。

 

 

『ピエロに扮した少年』

『ピエロに扮した少年』

『ピエロに扮した少年』 1776年ー1780年 ウォレス・コレクション蔵

 

 

『ユベール・ロベールの肖像』

『ユベール・ロベールの肖像』

『ユベール・ロベールの肖像』

 

「廃墟の画家」として知られるユベール・ロベール(Hubert Robert 1733ー1808)です。

フラゴナールより1歳年下で、彼と共にイタリアを旅行しました。古代遺跡をテーマに、多くの作品を残しています。

 

 

 

『かんぬき(閂)』

『かんぬき』

『かんぬき』 1776年ー1779年頃 ルーヴル美術館

 

男は手を伸ばし強引に女を抱き寄せる。女は拒絶し必死に身をよじらせる。机に転がる林檎は禁断の果実か。ひっくり返った椅子は投げ出された脚を、花瓶と薔薇は女性器、閂は男性器をさすともされ、激しい性的衝動を暗示している。この暴力的で背徳的な場面を光の明暗が劇的に浮かび上がらせている。

(『性愛の西洋美術史』 海野弘・平松洋(監修) 洋泉社 P68)

 

ストーリーは説明の必要もないほど明白だ。人目を忍ぶべき関係にある男女が、抱き合いながらドアに閂をかけている。主人公たちをあえて画面の中心から外し、差し込んだスポットライトによって強く照らされる箇所も、同様に画面の端へと置く。画面左側には、薄暗い中にただ赤いカーテンだけが大きめに配されている。構図や明暗の画面内でのバランスが大きく狂いかねないこのような処置をすることには勇気がいるが、「よく見るとセオリーから外れている」点こそ、フラゴナールの特質である。

(『官能美術史 ヌードが語る名画の謎』 P216)

 

腕に抱かれている女性は彼を拒絶しているのでしょうか、または背徳の高揚感に目を閉じているのでしょうか。

 

『かんぬき』(額装)

『かんぬき』(額装)

 

『かんぬき』(額装)_ sailko  CC-BY-3.0
 

 

 

 

『 The Armoire 』

L'Armoire”

”L'Armoire” 1778年 メトロポリタン美術館

 

若い男が何とも言えない表情で、妙な場所から出て来るというエッチング

右の二人は、泣いている?娘の両親でしょうか。更に右には小さな子供たちもいて、この様子を見ています。乱れたベッドが二人の関係をしっかり暗示。

タイトルの Armoire は「キャビネット」の意味です。

メトロポリタン美術館の解説はこちら

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主な参考図書

本文内の画像はwikipedia(public domain)のものを使用しています。