hanna_and_art’s blog

文化史本好きが、「文化史系本のガイド」を目指します。美術、世界史と絡んだ様々な文化史関連本をご紹介します。

ルイ15世の食堂を飾った、ジャン=フランソワ・ド・トロワの『牡蠣の昼食』

ジャン=フランソワ・ド・トロワ(Jean François de Troy 1679年1月27日ー1752年1月26日)

フランスの画家ジャン=フランソワ・ド・トロワは1679年パリに生まれました。
歴史画家だった父から絵を学び、イタリアに遊学。
帰国後はアカデミーの会員となり、パリの美術アカデミー教授を経て、ローマのフランス・アカデミー会長に就任します。
最後はローマで亡くなりました。

 

 

『牡蠣の昼食』

フランス王ルイ15世の注文を受けて描かれ、かつてはベルサイユ宮殿の、小アパルトマンの食堂に飾られていた『牡蠣の昼食』です。

 

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『牡蠣の昼食』 1735年 コンデ美術館蔵

 

話に夢中になっているひとがいる一方で、数人の視線が、空中のある一点に集中していますね。

彼らが見ているのは、「シャンパンのコルク」です。
シャンパンのボトルを手に、見上げている男性が飛ばしたようです。彼の右手にはナイフらしきものが握られています。
牡蠣を運んできた給仕人も一緒に見上げています。
画面中央ではシャンパンが冷やされ、卓上ではシャンパンのグラスが、ボウルのような器に入れられています。

当時はこんな容器を使用して冷やしていたんですね。

床には殻?が散らばっていますが、このトロワの絵に描かれた牡蠣について、『描かれた食卓 名画を食べるように読む』の著者・磯部勝氏はこう述べています。

 

…、その床の牡蠣を見ると、アサリのような丸い形をしているのがわかる。牡蠣といえば、中ほどがややくびれた細長い形のものが私たちにはなじみ深い。調べてみると、細長いのは日本で生まれた品種で、かつてヨーロッパの牡蠣はすべてアサリのような形をしていたようだ。ただし、今ではヨーロッパ種が病気でほとんど全滅してしまい、日本の種をあちらで養殖したものが主流になっているという。パリの冬の名物オイスターも、今や広島生まれのブルターニュ育ちというわけである。(P20)

 

『すぐわかる西洋絵画よみとき66のキーワード』千足伸行(監修) 東京美術でも『牡蠣の昼食』が紹介されていますが、絵のタイトルは『牡蠣の午餐(ごさん)』となっています。(P50)

 

フランス国王ルイ15世ヴェルサイユ宮殿の小アパルトマンの食堂の装飾として注文した作品。二コラ・ランクレの描いた《ハムの午餐》と対をなす。牡蠣とシャンパンで午餐をとる貴族たちが描かれているが、当時の人びとにはモデルが誰なのか、すぐわかったようである。

 

「この絵と対を成す」絵が、二コラ・ランクレ(Nicolas Lancret 1690-1743)の『ハムの昼食』です。

 

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『ハムの昼食』 1735年 コンデ美術館

 

雅宴画の創始者ヴァトー(ワトーとも表記)に続くランクレは、このような田園のなかの宴会を好んで描きました。

ボストン美術館にある『公園での昼食』(1735年)は、『食べる西洋美術史』(光文社新書)では『ハムのある昼食パーティ』として取り上げられています。 

 

さて、容易に想像がつくように、ヴェルサイユ宮殿の祝宴は大変豪華なものでした。

 

ヴェルサイユの祝宴は、宮殿の装飾も王侯貴族の衣装も絢爛華麗なら食卓も豪勢そのものだった。王ひとりが食事をした時の献立なるものがわかっているが、その料理の数と量が多いのに驚かされる(王と家臣が全部喰べたわけでないだろう)。

(『ワインの世界史』 山本博(著) 日経ビジネス人文庫 P202)

 

例えば、太陽王ルイ14世はとても食欲旺盛だったことで知られています。

 

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1744年の、ある日のルイ15世(当時28)の献立を見てみましょう。

 

①老いた去勢雄鳥のスープ、しゃこ(青物つき)、鳩の濃厚スープ、鶏のとさかのブイヨン。

②(オードブル)去勢雄鳥の焼肉、やまうずら(扁豆つき)、プラルド詰物、去勢雄鳥の細切り。

③(アントレ)こうし、鳩のパイ、鶏のフリカッセ、しゃこの細切り。

④(小オードブル)やまうずらの煮物、焼パイ、七面鳥(雌)のあぶり焼、松露風味づけプラルド、鶏のシチュー。

⑤(焼物)肥えた去勢雄鳥、若鶏、鳩、しゃこのパイ、たしぎ、仔鴨、しゃこ。

となっている。フリカッセはホワイトクリームで煮こんだもの。うずら、たしぎ、しゃこなどの野鳥は、本来猟の獲物として珍重された。ルイ15世は専用の台所と料理道具を持っていたし、ソースやラグー(肉と野菜の煮込み)を作るのが上手で、コーヒーを自分で入れて臣下たちにすすめた。

(『Theあんてぃーく Vol.12 食卓がある風景』 読売新聞社 P110)

 

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ルイ15世』 1730年 ヴェルサイユ宮殿


美男の国王ルイ15世

後に華麗なるロココ文化を牽引するポンパドゥール夫人が公式寵姫となるのは、この翌年でした。 

 

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『ポンパドゥール夫人』 1750年

 

 

「酔って美貌を損なわないのはシャンパンだけ」

ルイ14世の御用達となったのは、ブルゴーニュの「ニュイ」というワインでした。

次のルイ15世の時代になり、

 

この畑が売りに出るという情報がヴェルサイユに流れた。誰が手に入れるかということをめぐる暗躍とその帰趨(きすう)について多くの真偽定かならぬ挿話があるが、とにかく結果的にこの畑を狙ったルイ15世の寵姫ポンパドゥールの鼻をあかすように大金を積んで手に入れたのがコンティ公だった。そのため寵姫の恨みを買い、外務大臣の地位を失脚したという伝説まで生れた。つまりワインが政治的話題にまでなり、ヴェルサイユの認知がワインの地位を左右する時代だったのである(この畑に「ロマネ・コンティ」という名がついたのはフランス革命時の競売の時である)。

(『ワインの世界史』 P207)

 

手に入れられずに終わったブルゴーニュの畑。

この一件を恨みに思うポンパドゥール夫人は、「酔って美貌を損なわないのはシャンパンだけ」という名セリフを吐いて、シャンパンを称えたと言います。

彼女は、1755年頃からシャトー・ラフィットも愛飲しました。

 

ロマネ・コンティを手に入れそこなったため、それに負けない名酒を求めていたポンパドゥール妃が見つけたのがシャトー・ラフィットだった。

(『ワインの世界史』 P211)

 

 

雅宴画

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『狩の食事』 1737年 ド・トロワ ルーヴル美術館


『美食の歴史』(創元社)P89にカラーで掲載されている、トロワの絵画です。

フォンテーヌブロー宮の王の小さな居室の食堂を飾るために制作されました。

下はシャルル=アンドレ・ヴァン・ロー(Charles-André van Loo またはカルル・ヴァン・ロー 1705年ー1765年)のもの。

 

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『狩猟の合間の昼食』 シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー 1737年 ルーヴル美術館

 

 貴族が外で食事をするのは、貴族の最大の遊びである狩猟のときである。カルル・ヴァン・ローの『狩猟の合間の昼食』には、狩猟の合間に食事をとる貴族の男女が生き生きと描かれている。陶器の皿やワインのグラスがあり、大きな肉のパイを切ろうとする者、ローストした何種類もの肉が見える。画面左には黒人の給仕が描かれている。

 この作品はフォンテーヌブロー城の食堂を飾るために描かれたものだが、風景は単なる書き割りのように類型的で、宮廷の延長のような食事風景である。ジャン・フランソワ・ド・トロワの同じ主題の作品では、白い布をかけたテーブルまで持ち出され、本格的な宴席となっている。森の中ではあるが、画面右には別荘のような建物から使用人が出入りしており、そこで調理されているのがわかる。

(『食べる西洋美術史』 宮下規久朗(著) 光文社新書 P194)

 

前述の『牡蠣の昼食』にはモデルとなった人物がいたそうですが、このような雅宴画は当時の貴族のありのままを描いたというより、「こうありたい」という理想の風景を描いたもので、場所も人物も特定のものではありません。

 

 

カトリックと美食

この前の時代、フランスはカトリックプロテスタントに二分され、争いや混乱が続きました。

アンリ4世ルイ13世の治世を経て、ルイ14世絶対王政の時代を迎えます。

フランスは再びカトリックの国となりました。

 

一般に大陸のカトリック教国では、おいしいものへの愛や執念が、キリスト教文明の善き作法、趣味の良さとして許容されました。これは、プロテスタントの国であるドイツやイギリスではなく、カトリックのフランス、スペイン、イタリアで「おいしいもの」の追求がさかんなことと関係しています。

(『お菓子でたどるフランス史』 池上俊一(著) 岩波ジュニア新書 P82)

 

教会は、過度に豪奢で洗練された食べ物を、あまりに快楽をともなって食べるのはいけないが、それも社会身分、年齢、性によって異なるとしました。また、カトリック教会では、社交、礼儀も重視されましたから、食卓はその教育の場になるとも考えられたのです。

 

その「カトリックのエリートの奔放な食卓」風景として、質素なプロテスタントの食卓とは真逆な、『牡蠣の昼食』が挙げられています。

奔放とも言えますが、『牡蠣の昼食』には陽気さ、生きる楽しさが溢れているように見えませんか。

 

 

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「ハンナとゲミュートリッヒカイト」内の記事 『牡蠣の昼食』(2019/5/12)

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主な参考図書 

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