hanna_and_art’s blog

文化史本好きが、「文化史系本のガイド」を目指します。美術、世界史と絡んだ様々な文化史関連本をご紹介します。

ポール・ドラローシュ 最後の作品『若き殉教者』

ポール・ドラローシュ(Paul Delaroche 1797年7月17日ー1856年11月4日)

本名イッポリト・ド・ラ・ローシュ(Hippolyte De La Roche)。

フランスの画家です。(「ドラロッシュ」「ドラロシュ」とも表記されます。)

 

同時代に活躍した画家に、

ウジェーヌ・ドラクロワ (Ferdinand Victor Eugène Delacroix, 1798 - 1863)

テオドール・ジェリコー(Théodore Géricault、1791 - 1824)

ドミニク・アングル(Jean-Auguste-Dominique Ingres、 1780 - 1867)
がいます。

 

『物語画』(エリカ・ラングミュア(著) 高橋裕子(訳) 八坂書房ではドラローシュについてこのように述べています。

 

1830年代に、15.16世紀のイギリス史に取材した劇的な作品を次々とパリのサロン(官展)に出品、フランスにおける折からの英国ブームで非常な人気を得た。時代考証を踏まえつつ美化を施し感傷性を強めた迫真的な画面は、のちのハリウッド映画の歴史ものを先取りする大衆性を持っている。(P20)

 

 

キリスト教徒のオフィーリア」 

『残酷美術史』(池上英洋(著) ちくま学術文庫)では、ドラローシュの『若き殉教者』を取り上げ、そこには「手をしばられて水に入れられ、命を落とした乙女。」との説明が載っています。

 

若き殉教者 エルミタージュ美術館蔵 ドラローシュ

『若き殉教者』 1853年 縦74 cm ×横60 cm エルミタージュ美術館

 

 

ドラローシュはこの『若き殉教者』(La jeune martyre 『若き殉教の娘』)を二枚描いています。

 

若き殉教者 ルーブル美術館蔵 ドラローシュ

『若き殉教者』 1855年 縦171㎝×横148㎝ ルーブル美術館

 

エルミタージュ美術館所蔵のものの方が小さいですね。

『別冊太陽 ルーヴル美術館』では、

 

ジョン・ミレーの描いたシェイクスピアのオフェーリアとの類似、影響が常に指摘されてきた作品だが、主題はディオクレティアヌス時代のキリスト教殉教者という史実である。偶像崇拝を拒否した彼女を、ローマ人はティベリ川に突き落とし、溺死させる。縛られた両手、闇の中には、水面に浮かぶ彼女の死体を見付けるふたりのキリスト教信者。後輪の光は、彼女が殉教者であることを示す。極めて詩的なこの作品は、画家の死の前年に描かれた。(P138)

 

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『オフィーリア』 1851-1852年 J.E.ミレー

 

ラファエル前派を代表する、イギリスの画家ミレーによる『オフィーリア』(オフェーリア)。

絶望し、狂気に沈んだオフィーリアが摘んだ花と共に川を流れて行く場面を描いたものです。
1852年にロンドンのロイヤル・アカデミー、1855年にパリの万国博覧会に出品して大成功を収めました。

オフィーリアのテーマは、このロマン主義の時代に大いに流行しました。ドラクロワも『オフィーリア』を描いています。

 

オフィーリアの死 ドラクロワ

『オフィーリアの死』 1853年 ルーヴル美術館

 

長い闘病生活を送っていたポール・ドラローシュは、1853年、「いかなる作品にもまして哀切で神聖なる絵」を制作しようと思い立った。「ディオクレティアヌス帝時代の若き殉教の娘。彼女は偽の神々に生け贄をささげることを拒絶したために、死刑を宣告され、両手を縛られてテヴェレ川に投げ込まれる。…黙々と歩む二人のキリスト教徒が、目の前の川に若き殉教の娘の遺骸が流れていくのにふと気づく」。1855年に完成した本作品は、思いもよらず彼の最後の作品となった。

(『ルーヴル美術館展』 2005年)

 

批評家たちはこの『若き殉教者』を「キリスト教徒のオフィーリア」と形容しました。

ドラローシュは「歴史画」で知られていましたが、必ずしも史実に忠実だったというわけではありませんでした。

また、亡くなる一年前、ドラローシュは新境地を開き、

 

重々しさと厳密さを示しつつ、わずかに抽象味を帯びた作風を示すようになっていた。

 

それまで彼に成功をもたらしていたのは、古代史の物語を「真に迫った」細部の力と鋭い演出感覚で演劇のように描出する作風であったが、これを惜しげもなく捨て去り、無名の聖女を主題に選んだのだ。他の画家たちとは異なり、彼は劇的な拷問の場面も、地下墓所でのキリスト教徒の集会といった人々の興味をかき立てるであろう場面も描かなかった。ただ、遺棄され水面を漂う若い娘の哀切な遺骸にのみ焦点をあてたのである。

 

 『若き殉教者』の娘の手を縛る紐に目をやればはっとしますが、強烈なドラマ性や迫力というよりは「静謐」「哀切」といった厳かな雰囲気が全体を包みます。ルーヴル美術館でこの絵を初めて観た時、まず娘の顔に目が行きました。光の輪と縛られた手には気付いたのですが、絵の背景がわからないまま、このもの悲しい絵を眺めるだけでした。現地で買った絵葉書では後ろの暗がりの中に立つ人物が輪郭しか判りませんでしたし…。)

 

 

ディオクレティアヌス

284年秋、ローマ軍の上級将校だったディオクレスが皇帝になります。

 

即位に際し、彼は自分の名前に数文字を付け加えたので、ディオクレティアヌスとして歴史に名を残している。皇帝としての彼は、ローマ人にとってはその長い歴史のなかで最も行動的な支配者のひとりとなり、一方でキリスト教徒にとっては、最も忌まわしき支配者のひとりとなる。

(『キリスト教一千年史 地域とテーマで読む 上』 ロバート・ルイス・ウィルケン(著) 大谷哲・小坂俊介・津田拓郎・青柳寛俊(訳) 白水社 P124)

 

 彼の治世は安定し、後期ローマ帝国と呼ばれる時代が始まりました。

当初、ディオクレティアヌスの関心はキリスト教ではなく、専らローマの再建、軍事力の強化でした。

ところが、軍隊の中に兵役拒否を申し出るキリスト教徒が出て来たことから、

 

皇帝の従者のなかにキリスト教徒が数人いて、儀式のさなか十字を切ったのであった。ディオクレティアヌスは激怒し、宮廷で暮らしている者は全員ローマの神々に犠牲をささげるべし、さもなければ厳しく罰せられるべし、と命令した。また、犠牲を捧げることを「不敬にも」拒む兵士を軍から追放するよう、軍団司令官に命じた。しかし彼は、徹底的な迫害を始めようという副帝ガレリウスの試みには抵抗していた。(P127)

 

しかし、軍隊から始まった迫害は、303年に全国規模の迫害に発展していきます。 

 

属州パレスチナの都市カエサリアに住んでいたエウセビオスは、この属州での殉教者の物語について本を著している。多数の教会が破壊され、聖書と典礼に用いる書物は燃やされた。キリスト教徒は監獄につながれ、手や足を切断され、恐るべきことに金網の上で焼かれた。そして以前の迫害の際と同様に、聖書を引き渡し、犠牲を捧げて屈服した人々もいれば、策を弄して法の網をくぐり抜けた者もいた。

 

市民の中にはキリスト教徒を匿う者もいて、万人が迫害政策を支持していたのではありませんでした。

膨大な数のキリスト教徒を武力で片付けることなど出来ず、迫害のさなかの305年ディオクレティアヌスは病に倒れ、311年に亡くなりました。

 

 

「英国史」を描いた作品

ジェーン・グレイの処刑 ドラローシュ テューダー朝

『ジェーン・グレイの処刑』 1833年

 

1554年、ロンドン塔における「9日間女王」ジェーンの処刑場面を描いたものです。 

この絵では屋内ですが、実際には屋外で行われました。

衣裳は劇的な効果を狙って純潔・無垢を思わせる、花嫁衣裳のような白いドレスですが、本当は黒。

 

クロムウェルと棺の中のチャールズ1世 ドラローシュ

クロムウェルと棺の中のチャールズ1世』 1831年

 

1649年、清教徒革命でチャールズ1世が処刑されます。棺を開けて国王の遺骸を見ているのはクロムウェル。チャールズ1世の首には血が…。

しかし、実際にはこのような場面は無かったようです。

 

ロンドン塔の若き王と王子 ドラローシュ シェイクスピア 

『ロンドン塔の若き王と王子』 1831年

 

薄暗い室内で不安そうに寄り添うふたりの少年。

右は国王エドワード5世、左は弟のヨーク公リチャードです。
1483年、ふたりは幽閉されていたロンドン塔のなかで忽然と姿を消してしまう…のは史実です。

 

画家ミレー『オフィーリア』に関連する記事

hanna-and-art.hatenablog.com

 

 

「ハンナとゲミュートリッヒカイト」内の記事

hanna-gemutlichkeit.hatenablog.com

主な参考図書

  • 『物語画』(エリカ・ラングミュア(著) 高橋裕子(訳) 八坂書房
  • 『残酷美術史』(池上英洋(著) ちくま学術文庫
  • 『別冊太陽 ルーヴル美術館
  • ルーヴル美術館展』 2005年
  • キリスト教一千年史 地域とテーマで読む 上』 ロバート・ルイス・ウィルケン(著) 大谷哲・小坂俊介・津田拓郎・青柳寛俊(訳) 白水社

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